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福岡地方裁判所小倉支部 昭和33年(ワ)689号 判決

原告

右代表者法務大臣

井野碩哉

右指定代理人

小林定人

元永文雄

北田顕一

山口市大字下宇野令千二百五番地

被告

溝部順太

右同所

被告

溝部誠

右当事者間の昭和三十三年(ワ)第六百八十九号詐害行為取消請求事件につき当裁判所は次のとおり判決する。

主文

訴外合資会社入江商店が昭和三十一年十一月二日別紙第一物件目録記載の不動産を被告等に譲渡した行為を取り消す。

訴外入江年秋が右同日別紙第二物件目録一及び二記載の不動産を被告等に譲渡した行為を取り消す。

被告等は、別紙第一物件目録記載の不動産につき門司市大字小森江六百八十九番地訴外合資会社入江商店のため、別紙第二物件目録一及び二記載の不動産につき、門司市大字小森江六百八十九番地訴外入江年秋のためそれぞれ所有権移転登記手続をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は全部被告等の負担とする。

事実

原告指定代理人は、訴外合資会社入江商店が昭和三十一年十一月二日別紙第一物件目録記載の不動産を被告等に譲渡した行為を取り消す。訴外入江年秋が右同日別紙第二物件目録一乃至三記載の不動産を被告等に譲渡した行為を取り消す。被告等は別紙第一物件目録記載の不動産につき門司区大字小森江六百八十九番地訴外合資会社入江商店のため、別紙第二物件目録一乃至三記載の不動産につき門司市大字小森江六百八十九番地訴外入江年秋のためそれぞれ所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として原告は昭和三十一年十一月二日現在において門司市大字小森江六百八十九番地訴外合資会社入江商店(以下「訴外会社」という)に対し別紙債権目録記載の国税債権総額合計金二百十六万九千六百三円を有していたところ、訴外会社及びその無限責任社員である訴外入江年秋は昭和三十一年十一月二日右国税に基く滞納処分による差押を免れるため故意にそれぞれ所有にかかる別紙第一及び第二物件目録各記載の不動産を被告等に譲渡した。右不動産の価額は福岡国税局の評価するところによれば第一物件目録記載の宅地二百二十七坪七合が百十一万八千五百円、第二物件目録一記載の宅地二十四坪が九万六千円、同二記載の宅地十七坪が八万五千円、同三記載の宅地六坪が二万四千円であり合計百三十二万三千五百円である。

よつて原告は訴外会社及び訴外入江年秋のした右譲渡行為を国税徴収法第十五条に基づき右国税債権のうち金百二十七万六千七百三円の保全に必要な限度で取り消しそれぞれ訴外会社及び訴外入江年秋のため所有権移転登記手続を求めるため本訴に及んだと述べ、被告等の仮定抗弁に対し被告等が訴外会社及び訴外入江年秋から本件不動産を譲り受けるに当り訴外会社及び訴外入江年秋が国税の滞納処分による差押を免れるため故意に譲渡するものであるとの情を知らなかつた事実を否認し

証拠として甲第一乃至第七号証及び証人江本喜慶、同北田顕一及び同阿久津三郎の各供述を援用し、乙第一乃至第四号証及び第九号証の成立を認め同第五、第六及び第八号証についてはいずれも法務局作成部分のみ成立を認めその余の部分は不知、同第七号証は不知と述べた。

被告等は、請求棄却の判決を求め、答弁として、原告が訴外会社に対し原告主張の如き国税債権を有していたこと及び訴外入江年秋が訴外会社の無限責任社員であることは知らない、被告等が訴外会社及び訴外入江年秋から本件不動産を譲り受けた事実は否認する。本件不動産は訴外会社及び訴外入江年秋の所有ではなく訴外門司市信用金庫(以下「門司信金」という)の所有であつた。即ち訴外会社及び訴外入江年秋はこれより先昭和二十七年頃本件不動産を門司信金に対する債務の担保のため門司信金に譲渡していたものであつて被告等は昭和三十一年十一月二日之を門司信金から買い受けたものである。

原告の主張する本件不動産の評価額は高額に失し、坪当り三千円位が相当である。かりに被告等が訴外会社及び訴外入江年秋から本件不動産を譲り受けたものであるとしても、当時訴外会社及び訴外入江年秋が国税の滞納処分による差押を免れるため故意に譲渡するものであるとの情を知らなかつたものであるから原告の本訴請求は失当であると述べ、

証拠として乙第一乃至第九号証を提出し、証人有角正己及び同入江年秋の各供述を援用し、甲号各証は不知と述べた。

理由

公文書であるから真正に成立したと認める甲第一及び第二号証によれば原告が昭和三十一年十一月二日現在において訴外会社に対し別紙債権目録記載の国税債権合計金二百十六万九千六百三円を有していたこと及び訴外入江年秋が訴外会社の無限責任社員であることが認められる。

公文書であるから真正に成立したと認める甲第三、第四号証、成立に争のない乙第一乃至第四号証、法務局作成部分につき成立に争がなくその余の部分は証人入江年秋の供述により真正に成立したと認める乙第五、第六号証及び証人入江年秋の供述によれば、訴外会社は、昭和二十七年八月二十五日門司信金に対する手形取引契約、金銭消費貸借契約等すべての貸借関係の諸支払金の債務を担保するため訴外会社が右債務その他の義務を完全に履行した場合所有権の返還を受ける約束で門司信金に別紙第一物件目録記載の不動産の所有権を譲渡し同日売買による所有権移転登記手続をし、訴外入江年秋も同年七月二十九日訴外会社の右債務を担保するため前同様の約束で門司信金に別紙第二物件目録記載の不動産及び外三筆の不動産の所有権を譲渡し同月三十日売買による所有権移転登記手続をしたことが認められる。

甲第三、第四号証、乙第一乃至第四号証、同第五、第六号証、公文書であるから真正に成立したと認める甲第五、第六号証、及び法務局作成部分につき成立に争がなくその余の部分は証人入江年秋の供述により真正に成立したと認める乙第八号証並に証人江本喜慶、同北田顕一、同阿久津三郎、同有角正己、同入江年秋の各供述を総合すれば次の事実が認められる。

即ち、訴外入江年秋は、被告溝部順太の長女幸子の夫であり、また被告溝部誠は被告溝部順太の次男である。訴外入江年秋は昭和三十一年十月頃滞納諸税金、高利の借入金、門司信金からの借入金等の支払に窮しその子であり被告溝部順太には孫に当る訴外入江正を介し同被告に前記窮状を訴え借財の整理について相談した。同被告はそれまで訴外入江正を介し訴外会社及び訴外入江年秋に約百万円位貸付けていたが訴外会社及び訴外入江年秋の資産を以てしては右債務はもとより、本件不動産を担保に提供している門司信金に対する債務もとうてい支払えない状態であつたので被告等が共同して金を出し訴外会社の門司信金に対する債務を完済し被告等が本件不動産を引き取れば被告溝部順太が訴外入江年秋にこれまで貸付けた金が生きてくることになり右担保不動産上に建つている訴外入江年秋の住居の不安もなくなると考えた。そこで被告等及び訴外入江年秋は昭和三十一年十一月二日門司信金小森江支店に赴き訴外会社の債務全額四十三万四千三百四十三円(編注四十二円の誤植か)を支払つた。同支店長は訴外入江年秋から全額弁済を受けたとして直に担保物件をそれぞれの前所有者に返還するよう本店に連絡したので本店の係員は本件不動産外三筆の不動産を担保提供者である訴外会社及び訴外入江年秋に返還する趣旨で来店した訴外入江正及び被告等に前記不動産の所有権移転登記手続に必要な白紙委任状を含む一切の書類を交付した。被告等は同月二十日門司信金から被告等の共有名義に売買による所有権移転登記手続をした。右により被告等は訴外入江年秋に対し訴外会社及び訴外入江年秋に対する被告溝部順太の約百万円の債権及び被告等が門司信金に対する訴外会社の前記債務弁済のために支出した金員の返還請求権を抛棄することを約したのである。

右認定事実によれば訴外会社の無限責任社員である訴外入江年秋は被告等と事前に協議を遂げ被告等が門司信金に対する訴外会社の債務金四十三万四千三百四十二円を支出し、本件不動産外三筆の不動産の所有権を取得すること及び訴外会社及び訴外入江年秋は前記不動産の所有権を失う代りに被告等に負つていた約百万円の債務及び訴外会社が門司信金に負つていた四十三万四千三百四十二円の債務の支払を免れることを企図したことは明かであり、門司信金は債務の弁済があれば前記不動産を訴外会社及び訴外入江年秋に返還する旨約しており、当時訴外会社及び訴外入江年秋は支払不能の状態にあつたが前記約旨に基く右担保不動産返還請求権を失つた事実は証拠上認められないし証人有角正已の供述によれば門司信金としては訴外入江年秋が立会の上被担保債権全額の支払を受けた以上該不動産を第三者に売却しなければならぬ特段の理由も必要もないのであつてそれぞれの担保提供者にその担保物件を返還したとして事務を処理しているのであるから本件不動産の所有権は前記約旨に基き担保提供者である同人及び訴外会社に移転し、即日被告溝部順太は訴外会社及び訴外入江年秋から前記貸付けた約百万円の債務及び右門司信金に対する債務弁済資金四十三万四千三百四十二円の返還債務の代物弁済として、被告溝部誠は右返還債務の代物弁済として本件不動産の譲渡を受けたものと認めるのが相当である。

被告等は右事実を争い被告等は昭和三十一年十一月二日門司信金から本件不動産を買い受けたものであると述べ、証人入江年秋はこれに副う如き供述をしているが同証人は甲第三号証において右と異る趣旨の供述をしているのみならず証人有角正已及び同江本喜慶の各供述に比照し遽に措信し難く甲第五、第六号証の各記載も前認定を左右するものではなく他に前認定を覆えすに足りる証拠はない。もつとも乙第一乃至第四号証によれば本件不動産の所有権が登記簿上門司信金から直接売買により被告等の共有名義に移転した如く記載されているが世上しばしば中間の登記省略の手続がとられている事例を併せ考えればかかる登記簿上の記載は訴外会社及び訴外入江年秋が被告等に本件不動産を譲渡したとの認定を妨げるものではない。訴外会社及び訴外入江年秋が本件不動産を被告等に譲渡した当時において訴外会社は国税二百十六万九千六百三円を滞納しており公文書であるから真正に成立したと認める甲第七号証によれば評価額が七十三万千二百円である家屋を所有しているにすぎず他に右国税を担保するに足りる資産を有しなかつたのであり、証人北田顕一の供述によればこれより先訴外入江年秋は他に四筆の建物を所有し、いずれも市税債権により門司市に差押えられていたが差押えられたまま昭和二十八年八月弟大八に同年五月兄の子安武一雄及び山上芳子にそれぞれ一筆宛譲渡し、その翌日市税を支払い差押の解除を受け国税滞納処分による差押を免れたこともあるので訴外入江年秋は本件不動産を債権者門司信金から返還を受けたならばいずれは国税滞納処分による差押を受けることになると予見し右差押を免れるため故意に自ら及び訴外会社の無限責任社員として本件不動産を被告等に譲渡したものと認められる。他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

被告等は本件不動産を譲り受ける当時訴外会社及び訴外入江年秋が国税の滞納処分による差押を免れるため故意に譲渡するものであるとの情を知らなかつた旨抗弁するので判断すると成立に争のない乙第九号証によれば訴外会社所有の前記家屋は国税滞納処分により差押えられていたが一度差押解除になつた事実が認められ、証人入江年秋は、被告溝部順太がこれを知り国税の滞納はなくなつたものと信じた旨述べているが甲第七号証及び証人北田顕一の供述によれば差押解除になつたのは右建物が数棟に分れ一部について数回公売したが買手がなくまた颱風で損傷し公売価値がなくなつたからに外ならないことが認められるので前記入江年秋の供述は措信することができないし乙第九号証も被告等の善意を認める証拠とするに足りず他に右抗弁事実を認めるに足りる証拠はない、却つて甲第五、第六号証によれば被告等は当時訴外入江正を介し訴外会社及び訴外入江年秋の負債整理について相談を受けており、当時訴外会社及び訴外入江年秋が諸税金のため次々と差押を受け、被告溝部順太が差押えられた動産を買い取つてやつたこともあり、証人北田顕一の供述によれば本件不動産外三筆の不動産の時価は約二百五万円であつたと認められるのに約百四十万円の債務の代物弁済として譲渡を受けていること前認定のとおりであるから被告等は訴外会社及び訴外入江年秋が差押を免れるため故意に譲渡したものであることを知つていたことが窺われるので被告等の右抗弁は失当である。

別紙第一及び第二物件目録各記載の不動産全部の評価額が金百三十二万三千五百円であることは原告の自陳するところであり第二物件目録三記載の宅地六坪(評価額金二万四千円)を除いてもなお総額金百二十九万九千五百円に達し本件国税債権金百二十七万六千七百三円を保全するに足りるから右第二物件目録三記載の宅地の譲渡行為までも取り消す必要はなく従つてその譲渡は取り消し得ないものと解する。

よつて原告の本訴請求は訴外会社に対する国税債権金百二十七万六千七百三円を保全するため国税徴収法第十五条に基づき訴外会社及び訴外入江年秋がそれぞれ別紙第一物件目録及び第二物件目録一、二各記載の不動産を被告等に譲渡した行為を取り消し、被告等に対し訴外会社及び訴外入江年秋のためそれぞれ別紙第一物件目録及び第二物件目録一、二各記載の不動産につき所有権移転登記手続を求める限度において正当であるから之を認容すべきであるがその余の請求は失当であるから棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条但書及び第九十三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 西岡徳寿 裁判官 八木下巽)

第一物件目録

門司市小森江字畑田六百八十八番地の三

一、宅地 二百二十三坪七合

以上

第二物件目録

門司市小森江字牛ケ首六百七十七番地の五

一、宅地 二十四坪

右同所字畑田六百八十八番地の四

二、宅地 十七坪

右同所字畑田六百八十八番地の五

三、宅地 六坪 以上

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